
乳酸菌の動態は主に麦の栽培環境に大きく影響を受け、また植え継ぎなどでも微生物構成が変わるため、サワー種を用いたサワーブレッドは栄養と機能性が大きく変動します。原料の特性も重要で、ライ麦粉の食物繊維やデュラム小麦粉の低GIは健康効果に寄与し、さらに発酵により機能性が強化されます。
サワー種の栄養的特性や機能性は、原材料自体から製品であるパンに引き継がれるだけでなく、多くの場合は、乳酸菌の働きによって新たに付加されたり、変化したりするものです。したがって、サワー種における栄養・機能性を論じる上では、乳酸菌の動態に関する理解が不可欠です。近年では、環境中に存在する微生物叢を網羅的に解析する手法として、第1回でも触れましたが、特定の遺伝子領域(16S rRNA用語1など)をPCRで増幅し、解析する「アンプリコン解析」が活用されており、サワー種の研究にも広く応用されています。 ここでは、同解析によって得られてきた乳酸菌の動態に関する研究成果を紹介します。
サワー種に増殖する乳酸菌は、小麦やライ麦(図1)が成長する過程で新たに生じるものではなく、栽培環境、すなわち土壌や風などの自然要因によって付着したものです(図2)。収穫後にも、農業機械、運搬用トラック、製粉過程などで乳酸菌が付着する可能性はありますが、これらの影響は栽培環境に比べて小さいと考えられます。つまり、同一品種の穀類であっても、原産地が異なればサワー種に増殖する乳酸菌も異なります。たとえば、ドイツ産とカナダ産のライ麦は、製粉後の製パン特性においては大きな差は見られませんが、サワー種に増殖してくる乳酸菌の種類や特性には違いが生じます。同一地域でライ麦と小麦を栽培した場合、同じ乳酸菌が付着する可能性はありますが、原料成分の差によって微生物の優占種に違いが出る可能性は否定できず、この点はまだ十分に研究されていません。ただし、この原料の成分差による影響は限定的であり、むしろ発酵種を作る際の温度、加水量、副材料、植え継ぎ方法などの違いによる影響の方が大きいと考えられます。このように、サワー種に棲息する乳酸菌は原料の産地、作り手の製法、さらには同一製造者による反復製造の度ごとに微妙に変化します。偶然に優れたサワー種を得ることができた場合、その種を丁寧に植え継いで使用するのが一般的ですが、植え継ぎによって菌叢が変化し、乳酸菌の構成にも変化が生じます。乳酸菌が変化することで、そこから生成される栄養成分や機能性も変わります。したがって、サワー種は栄養的にも機能的にも変動性の高い食品であるという認識を持つことが、以下のサワー種の原料特性と栄養の関係を理解する上で重要です。


サワー種の栄養・機能性においては、使用される主原料の栄養特性が重要な位置を占めています。たとえば、ライ麦粉は食物繊維の含有量が高く(表1)、便通の改善効果が期待され、血糖値スパイク(食後血糖の急上昇)の抑制や血中脂質の調整にも有効であることが示唆されています。デュラム小麦粉には難消化性澱粉が多く含まれているため、小麦粉に比べてグリセミック指数(GI)が低く、食後 の血糖値の急上昇を抑えることができます。そのため、糖尿病が気になる方には、小麦粉パンよりも好ましいと言えるでしょう。このような原材料の栄養的・健康的特性は、乳酸発酵によってさらに増強されることがあります。したがって、サワー種の栄養特性および栄養機能性を論じる際には、主原料の特性を踏まえることが不可欠です。次回はこの点を考慮しつつ、サワーブレッドの栄養特性を紹介します。

出典:日本食品標準成分表2020年版(八訂)増補2023年を加工して作成
参考文献
1. 日本食品標準成分表2020年版(八訂)増補2023年
用語解説
1. 16S rRNA(16S ribosomal RNA)
遺伝子からタンパク質を生成するリボソームの構成RNAの塩基配列を解析することで、細菌を分類する指標に使われます。