サワーブレッドの栄養と機能性
2025.8.25
第1回 パンの発酵種の特性と栄養の関わり

監修:神戸女子大学教授 甲斐達男先生

パンの発酵種の特性と栄養の関わり

発酵種の日本と欧米の分類の違い、微生物構成の多様性と変化の意味、さらにサワー種を用いたサワーブレッドの研究が欧州中心に進む理由を解説します。


はじめに

ここでは、発酵種の中でもサワー種を用いて作ったパン(サワーブレッド)の栄養成分および栄養機能性について、これまでの学術的知見を整理し解説します。本論に入る前に、理解をより深めるために重要な、発酵種の特性と栄養との関わりについて、2点説明しておきます。 一つは発酵種の捉え方に関するものであり、日本と欧州では考え方に違いがあるため、この差異を理解することが発酵種の栄養特性を正しく把握する上で重要です。もう一つは、発酵種に含まれる微生物の構成が常に同じではなく、微生物叢用語1の構成が変化することで栄養成分や栄養機能性にも差異が生じるという点です。 最新の解析技術であるアンプリコン解析用語2により明らかになった知見では、発酵種に棲息する微生物叢は原料の産地によって多様であり、同一原料でも発酵種を作るたびに微生物叢が異なること、さらには植え継ぎの過程で微生物叢が変化していくことが報告されています。これらの事実は、発酵種を用いて作られるパンの栄養や機能性に、一般的な食品よりも大きな変動があることを示しています。


発酵種の分類

日本における発酵種の考え方は、欧米とは異なっています。日本では、発酵種は主原料に基づいて図1に示すように分類されています1)。具体的には、穀粉に水を加えて捏ね、発酵させることで乳酸菌を増殖させた「サワー種」、果実を砂糖水に漬けて発酵させ、酵母を増殖させた「果実種」、これら以外を「その他」に分類します。サワー種には穀粉が用いられますが、ライ麦粉が原料の場合は「ライサワー種」、小麦粉の場合は穀粉の色が白いため「ホワイトサワー種」と呼ばれます。ホワイトサワー種にはさらに細かな分類があり、著名なものにフランス発祥の「ルヴァン種」(ルヴァンは「発酵」を意味する)、イタリア北部ロンバルディア州中心の「パネットーネ種」、南部プーリア州を中心とする「デュラムサワー種」があります(図2)。ライサワー種とホワイトサワー種は欧州各地で広く利用されており、デュラムサワー種は通常小麦粉と混ぜて使用されますが、バーリ近郊のアルタムーラではデュラム小麦粉100%の発酵種とパンが伝統的に作られています。

一方、日本と欧米で考えが異なるのは果実種です。果実種は果実表面に付着した酵母を砂糖水の中で増殖させることでパンに活用しますが、欧州では製パン技術の一環としては認識されるものの、発酵種とはみなされていません。家庭で趣味として作る例はありますが、ホールセールやリテールベーカリーでは使用されていません。サワー種に含まれる微生物は主に乳酸菌と一部の酢酸菌で構成され、果実種では酵母が主体となります。サワー種にも酵母が含まれますが、それらが生地の膨化にどのように関与しているかについては、科学的に正確な知見はまだ得られていません。「その他」の発酵種についても、欧米では果実種と同様に発酵種とはみなされておらず、欧州では「発酵種」という語は基本的にサワー種を指します。

図1 原料による発酵種の分類(欧米では発酵種はサワー種を指す)
原料による発酵種の分類


図2 フランスのルヴァン種、イタリアのパネットーネ種、デュラムサワー種
フランスのルヴァン種、イタリアのパネットーネ種、デュラムサワー種


このように、発酵種の定義は日本と欧州で異なります。日本では「便宜上『微生物(主に酵母と乳酸菌、時にカビ)と、これら微生物が活動するのに必要な糖(原料)を組み合わせ、水と温度・時間などの環境要因(発酵条件)を整えたもの』と定義される」1)とされています。一方、欧州では次のように定義されています:“Sourdough is defined as a dough of flour and water fermented by yeasts and lactic acid bacteria (LAB), used as a leavening agent for the production of bakery products.” 2)(サワー種は、製パンにおいて酵母および乳酸菌(LAB)によって発酵された穀粉と水からなる生地であり、膨化剤として用いられる)。


発酵種の栄養・機能性研究の実態

サワー種を使ったサワーブレッドの製法は、人類が初めて発酵パンを作り出した製法そのものを受け継いでおり、その起源は紀元前数千年まで遡るとされています3)。穀粉に水を加えて捏ね、自然に放置することで乳酸菌や酵母が増殖し、生地が膨張したところで焼いて食するという工程でした。主に乳酸菌の活動によって酸味が付与されることから、この発酵パンは「サワーブレッド」と呼ばれるようになりました。 サワーブレッドの市場規模は、2024年には約10億4000万米ドル(約1500億円)と推定され、2029年には14億5000万米ドル(約2100億円)に達すると予測されています4)。欧州が最大の市場であり拡大する理由として、サワーブレッドが持つ高レベルのプレバイオティクス用語3や低グリセミック指数用語4などの健康上の利点に加え、通常のパンよりも優れた風味が伝統的に消費者に支持されていることが挙げられます。サワーブレッドの市場が欧州に集中しているため、サワー種の微生物学的研究は主に欧州で進められてきました。発酵学の重要テーマとして、大学や国立研究所、企業などで広範に研究されています。サワーブレッドの栄養特性や機能性に関する研究も同様に欧州が中心であり、サワー種以外の果実種やその他の発酵種については、栄養・機能性に関する学術的研究は現在までのところ、世界的に見てもほぼ皆無と言えます。これは、酵母主体の発酵種では、純粋培養酵母を使用したパンと栄養的・機能的差異が生じる可能性が乏しいと考えられているため、研究対象としての関心が低いことが一因です。

参考文献
1. 「発酵種とパン」編集委員会:発酵種とパン、旭屋出版(東京)、pp31-38(2023)
2. Siepmann, F., Ripari, V., Waszczynskyj, N. & Spier, M.: Overview of Sourdough Technology: from Production to Marketing. Food and Bioprocess Technology. 11, 242-270 (2018).
3. Brothwell, D. & Brothwell, P.: Food in Antiquity: A Survey of the Diet of Early Peoples, Johns Hopkins University Press (1998).
4. Mordor Intelligence: サワードウ市場規模・シェア分析-成長動向と予測(2024年~2029年)、https://www.mordorintelligence.com/ja/industry-reports/sourdough-market

用語解説
1. 微生物叢(びせいぶつそう)
 乳酸菌や酵母など、さまざまな種類の微生物の集まりで、互いに影響を与えながら活動しています。
2. アンプリコン解析
 微生物のDNAの特定部分(アンプリコン)の配列を確認し、種類や構成を調べる遺伝子解析技術です。
3. プレバイオティクス
 有益な微生物(いわゆる善玉菌)の増殖や活動を助ける食物繊維や発酵で作られる成分です。
4. 低グリセミック指数(低GI)
 食後の血糖値の上昇度合いを示す指標で、数値が低いほど血糖値の急激な上昇を抑えます。