世界の小麦粉料理 第22回

遊牧民は一定期間立つと移動します。一カ所に長居しすぎると、家畜が根まで食べてしまい、草が生えなくなるからです。

モンゴルは中央アジア北部、南は中国、北はロシアにはさまれる位置にあります。
国土面積は世界18位の広さ。アルタイ、ハンガイという2つの大きな山脈があり、国土のおよそ8割が草原、山と草原と砂漠の国です。
人口は国土に比して少なく、240万人(これは都道府県13番の京都府の人口よりも少ない)。その内40万人が遊牧民で世界1の遊牧国です。季節に合わせて住む場所を変え、木の枠組みにヒツジの毛で作ったフェルトをかぶせた「ゲル」というテントで暮らしています。

農耕に適さない地形のモンゴルでは古くからヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ラクダなどの畜産が人々の生活を支えていました。
馬は6000年前、ヒツジはさらにずっと古く9000年前には家畜化されていました。
紀元前2千年には馬車が、その後馬にまたがって乗る技術を身につけました。
モンゴルの騎馬軍団は農耕民族の脅威となりました。また、家畜と一緒に戦地付近まで移動するので食料調達の苦労がないのも戦における遊牧民のアドバンテージでした。
現代の遊牧民も「デール」と呼ばれるちょっと勇ましい伝統的な衣装を着ています。
革のジャケットを着て上半身の力や腕力を競い合うモンゴル相撲が各地で盛んなように、モンゴルの男は勇敢さ、たくましさにあこがれるようです。

牧草を求めて移動を繰り返す遊牧民の食生活は長い間1日1食夕食だけでした。貴重な肉をやたらに食べちゃうわけにはいかなかったのです。
不足分を補うのが動物の乳でした。
遊牧民の栄養源は「赤い食べ物 ― 肉」と「白い食べ物 ― 動物の乳」の2種類だけでした。
モンゴルの伝統的な飲み物に馬乳酒があります。馬の乳を革袋に入れ発酵するまで何百回も攪拌してつくるビタミンや栄養価の高い乳飲料(アルコール濃度1.5~2.5%)です。
野菜や果物をほとんど食べない遊牧民は、動物の乳をたくさん飲むことでビタミンや栄養の補給をしました。

現代のモンゴルで肉に次いで重要な食料は小麦です。
農地の面積は国土の1%にも満たないのですが、小麦とじゃがいもは100%の自給率を誇っています。
小麦はモンゴルの食生活を大きく変えました。
世界の肉料理といえば、香辛料で様々味付けするのが常識ですが、モンゴルでは塩のみで味付けをしていました。基本的に食べるものは肉だけで、その調理法も少ない中で、小麦の出現は、調理のバリエーションを豊かにしました。

小麦粉料理は中国の影響が強いようです。
代表的なものは餃子のように小麦粉の皮で肉(ミンチ)を包む料理です。
そのまま蒸して食べるのが「ボーズ」塩味のスープに入れて食べるのが「バンシ」。
そして今回紹介するのが餃子の形からたたいて伸ばし、焼いて食べる「ホーショール」です。
手軽に作れるホーショールは、都心部ではファーストフード的な存在で親しまれていて、冷めても食べやすいのでお弁当にもよく使われています。
草原では、1度にたくさん作り、テーブルに置いて食べたい時につまむというスタイルのようです。

モンゴルの首都はウランバートル。ロシアに近い北に位置し、冬は世界で一番寒い首都といわれています。
長い冬はマイナス10度はあたりまえ、マイナス40度を超える日もあるそうです。

出典
  • 「世界の食文化 モンゴル」農文協
    「世界の料理 いただきまーす。」アリス館
    「世界の料理」ポプラ社

岡嶋芳枝(オカジマ ヨシエ)

岡嶋芳枝(オカジマ ヨシエ)

フードコーディネーター。
コルドンブルーに通いフランス菓子を学び、同時期に都内のパン教室でパン作りも学ぶ。
その後、料理研究家のアシスタントなどを経て独立。現在「Witch’s Kitchen」主宰
自宅で開催する料理教室では誰にでも簡単に出来るアレンジ家庭料理を提案している。
その他、オリジナル菓子をインターネットの店舗に提供したり、カタログや広告媒体の料理製作、スタイリングなどにも携わっている。

TOPへ戻る