坂本雄次の訪問!スポーツ人 vol.8 寺本進さん

足を使ったバレーボール! 「セパタクロー」とは?

坂本雄次さんと寺本進選手

坂本雄次 (以下坂本)  東南アジアを中心に人気のスポーツ「セパタクロー」は、マレー語の「セパ(蹴る)」とタイ語の「タクロー(籐で編んだカゴ)」の造語だそうですね。

寺本進 (以下寺本)  昔は籐で編んだボールを使っていたのですが、現在はボールが変形したりしないようにプラスチックに変わっています。。

坂本  これがボールですか。小さいですね!
ソフトボールより二回り大きいくらいのサイズです。

寺本  サッカーやバレーボールをやってきた方は、ボールが小さくて硬いことに驚かれます。子供用や女子ボールはもう少し柔らかいものがあります。やはり子供が蹴るには硬いので。

坂本  このボールを蹴って、ネット越しに相手側のコートに入れて、相手が落とせばポイントになるわけですね。

寺本  分かりやすく言うと、手以外の場所を使って行うバレーボールですね。チームとして3回以内にボールをつないで、相手コートにアタックを打つ。そして相手がレシーブする、トスを上げる、またアタックを打つ。

坂本  足でレシーブして、足でトスを上げ、足でアタックを打って足でブロックをする。手以外の場所であればどこでも使っていいのはサッカーと一緒ですね。ついつい腕で受けてしまいたくなること、ありませんか?

寺本  昔バレーボールをやっていた人はたまに手が出る人もいますが、セパタクローをやる人は比較的サッカー上がりの人が多いので、手が出ることはそうないですね。ただボールが小さくて硬く、ものすごいスピードで来るので、顔に来てもよけられないときがあったりします。

坂本  例えば、相手の方がシュートして顔面で受けたら、それでダメになってしまうんですか?

寺本  顔に当たっても、その後に足で拾って落とさなければ大丈夫です。回数がカウントされるだけです。

坂本雄次さんと寺本進選手

坂本  チームは3人ですよね。

寺本  はい、3対3が基本で、2対2もあります。

坂本  ネットの高さはどのくらいなんですか?

寺本  男子が155cm、女性が10cm低い145cmです。

坂本  けっこう低いんですね。

寺本  そうですね。ラインは多少違うのですが、バドミントンと同じコートの大きさ、ネットの高さを使っています。大体どこの体育館に行ってもバドミントンコートはありますから。

坂本  ネット越しに蹴るということは、ジャンプするような格好で蹴るんですよね。

寺本  サッカーで言うとオーバーヘッドキックが一番イメージしていただきやすいんですが、やはりネットの上から足が出て、相手コートにボールを叩きつけるというふうにしなければいけないので、体はほとんど反転するような状態でアタックします。

坂本  そうすると、シュートの動作をした後はコートに落下する格好になるんですよね。

寺本  そうですね。でも体育館ですから落ちたら痛いので、サッカーでいうオーバーヘッドを蹴った後は、蹴った足でそのまま着地するんです。ほぼバク宙みたいな形で着地をしてすぐに次のプレーに備えるという、ちょっと特殊な蹴り方をしています。

坂本  それはすごいですね。そういうふうな動作をするのであれば、バレーボールのような高さのネットではさすがにできませんね。

寺本  バレーボールのコートよりはずいぶん低いかもしれないんですが、手でやるのではなくて足で蹴る事を考えると、この高さというのはかなり高いんです。足が上に上がらなければいけないので柔軟性も必要ですし、ジャンプ力も必要ですし、かなり身体能力を要する競技ですね。普及していかない理由のひとつとして、ちょっと難易度が高いという部分もあるのではないかと思います。
ただ、実際にやってみると、難しいことは難しいんですが、難しいイコール面白くないということではないんです。逆の発想で、難しいことにすごく面白味が詰まっているというのがこの競技の醍醐味ではないかと自分は感じています。

坂本  東南アジアではものすごく人気のスポーツだということで、向こうでは、子供達も普通にセパタクローを楽しんでいるんでしょうね。

寺本  はい。タイやマレーシアが発祥の地と言われていまして、何百年という歴史があるようです。日本で言うサッカーや野球のようにメジャー競技として、テレビをつければやっていますし、小中高と学校では体育の授業で普通に行われます。
海外の競技人口はものすごく多いです。タイ、マレーシアが中心で、その周辺国のラオス、韓国、カンボジア、インドネシア、フィリピン、インド・・・、今では徐々にヨーロッパのほうにも普及しつつあるので、世界選手権をすると毎回20か国以上集まります。

坂本  日本ではどのくらいいるんですか?

寺本  日本では今2,000人くらいだと言われています。 2,000人というのは決して多い数ではないと思うんですが、メディアで紹介されることもあるので、この競技を知っている人は増えて来ていると思います。
ただ、やりたいと思ったときに身近でやれる環境がないので、そこで断念してしまう人がいるんです。また、せっかくセパタクローを始めても、続けていける人が少ないです。大学を卒業しても社会人チームがまだ全国に多くない事もあり、辞めざるを得ないという環境がずっと続いているので、なかなか爆発的に競技人口が増えない状況があります。

セパタクローとの出会い

寺本進選手

坂本 小学校2年から高校まではサッカー一辺倒だったそうですね。

寺本 はい。高校はサッカーの強豪校で、部員も多く、レギュラーにはなれませんでしたが、とにかく体を動かすのが大好きだったので、ずっと続けてきました。

坂本  セパタクローというスポーツに出会ったきっかけは何だったんでしょうか。

寺本  4年に一度の、オリンピックのアジア版といわれる「アジア大会」が、1994年に広島で行われたんです。その中に、セパタクローも種目としてありました。
セパタクローをやるのに、開催地の広島で競技を知らない人ばかりだと困るということで、その1年前にリハーサル大会として、広島でセパタクローの全日本大会をやったんです。そのときに、競技を手伝ってくれる人はいないかということで、僕がいた山陽高校サッカー部の先生のところに話がきて、その大会に1軍半の僕らが声を掛けてもらい試合に出たのが最初のきっかけです。

坂本  「なんでセパタクローをやらなきゃいけないんだ?」と思いましたか。

寺本  そうですね(笑)。でも監督の言葉は絶対でしたから、監督の言うとおり、そのときだけはセパタクローの試合をしようと・・・。

坂本  セパタクローの試合を経験して、どうでしたか?

寺本  「難しい」の一言です。ボールも硬いですし。サッカーをやっていたのでそれなりに自信はあったんですが、全然違うなというイメージはありました。

坂本  それが第一印象ですね。 それがその後、セパタクローの持っているものに惹かれていくわけですけれども、それは何だったんでしょうか。

寺本  セパタクローの試合では、僕の中では「全然形にもならなかったな」と思っていたんですが、そのとき見ていた日本のセパタクロー協会の方から「能力がある」ということで、全日本の合宿に来てみないかというお誘いをいただいたんです。

坂本  そのときにもう協会があったんですね。

寺本  ありました。協会はもう20数年前に発足しています。
全日本の合宿、という言葉に憧れて参加してみたら、やればやるほど難しいんですけれども、それが面白味になってのめり込んでいきまして、そのまま世界選手権に帯同することになったんです。

坂本  セパタクローを知ったその年に、全日本合宿に呼ばれ、世界選手権に連れて行かれ・・・。

寺本  あれよあれよという間に(笑)。当時高校3年だったんですが、協会の人からすると、若くして競技をしている人がそのときはまだいなかったので、早いうちにやらせればどんどんレベルが上がるんじゃないかという意味で声を掛けていただいたんだと思います。

坂本  会場はどこだったんですか?

寺本  タイです。

坂本  本場でやったわけですね。当然すごく強い国ばかりが来ているわけですよね。本場の人達がやっているセパタクローを、どんなふうに感じましたか?

寺本  セパタクローの本場のプレーを見たときの衝撃たるやものすごくて、超人的な動きに圧倒されました。どうしたらこんな動作が人間の身体能力で可能なんだ、というような衝撃の連続でした。
セパタクローを本気でやりたい、自分の実力で日の丸をつけて海外に出て、このすごい人達と対等に戦えるようになりたいという思いに、そこで完全にスイッチが切り変わりました。
今はインターネットでセパタクローの動画も簡単に検索できるので、知らない方には是非一度見て頂きたいです。

坂本雄次さんと寺本進選手

坂本  キックボクシングなんか見ていても、タイやマレーシアの選手は、そんなに上背はないけれども、鞭のような柔軟性があり、しなやかで、跳躍力もあるというイメージです。
体型や体質、骨格というのはそういうスポーツをするのにふさわしい感じになっているんでしょうね。日本人はアジアの人間だから比較的近いけれども、タイやマレーシアの人達と比べるとやはり動作のしなやかさであるとか、少し違う感じがします。それは感じましたか?

寺本  最初は感じました。自分が現役でやっているうちは、この人達と対等に戦うことはできないんじゃないか、努力では埋められない部分があるのではないかと思いました。
体の使い方も分からないし、この競技に自分は本当に合っているのか、いろいろなことがすべて初めてなので、怖さもあるんですが、その先に何があるのかという楽しみがエネルギーになったように感じます。

坂本  世界選手権の後、強豪チームにスカウトされるわけですね。

寺本  はい。日本代表のトップとしてやっていくうちに自信をつけてきていましたが、もっとうまくなるにはどうしたら良いかと思ったときに、タイのプロリーグに参戦することで自分をもっとレベルアップしたいと思うようになりました。

坂本  それで、セパタクローの本場、タイに向かうことになるのですね。

単身、タイのプロリーグへ

寺本進選手

坂本  タイのプロリーグに入ったのはいくつのときですか?

寺本  2004年、28歳ですね。

坂本  タイのプロリーグで活動していくことに対しての恐怖や不安はありましたか?

寺本  言葉がしゃべれなくても競技自体で会話ができると思っていたので、しっかり自分の力を出そうとすれば何も恐れることはないと思っていました。実際に自分が一生懸命プレーをすることで選手とのコミュニケーションも深まっていき、言葉もしゃべれるようになり、生活に順応できたので、怖さというのはありませんでしたね。
怖さがあったとしたら、日本ではまだマイナーと言われているこの競技にそこまで自分の人生をかけていいのかというところだったでしょうか。

坂本  人生かけて・・・、その後どうなるんだ、というのは心中では思いますよね。

寺本  そうですね。一般的にはもう就職して、家庭を持ってという段階に入っている同年代を見ると、将来への不安はありました。

坂本  タイではどういう生活パターンになるんですか?

寺本  6時くらいに起きて、10時まで練習して朝食です。その後は自由時間で、日が沈んだころから練習が始まり、8時くらいまでやります。

坂本  10時に朝食を食べた後は、夕方まで何もしないんですか?

寺本  日中は暑いので誰も外に出ないんです。東南アジアの方々ののんびりした習性もあると思うんですが、なんとなく練習が始まって、なんとなく終わるという・・・

坂本  ある種、ゆるいんですね。

寺本  そうですね、日本では、練習のときにはしっかり集中してやって、オンとオフのスイッチがはっきりしていますよね。日本人的な考えからすると、もっとガツガツやろうよと、最初はもどかく感じることもありました。でもしだいに、こういう高温多湿な気候の中では、緩やかな練習をしていくことがこちらの国では合っているのかなと思うようになりました。

セパタクローのトレーニング

坂本雄次さん

坂本  日常のトレーニングではどんなことをやるんですか?

寺本  普通の競技と同じように基礎練がありますが、特殊なのは柔軟体操が多いということですね。最初30分くらいかけて、前屈や開脚などの柔軟体操を行います。その後はボールをひたすらリフティングします。右足をやって、右足インサイド、右足インステップ、モモ、頭・・・、と全ての箇所をやります。今度は2人でボールパスをする、リフティングでパスを回すというところまで、しっかり1時間以上かけてやります。
とにかくボールをコントロールするというのが一番難しいと思うので、ボールを落とさないようにする基礎的な練習をしっかりやるというのが一番大切です。

坂本  例えばヒザの内側であったり、外側、ひざ頭、すね、くるぶし近辺、爪先であったり、裏であったり、甲であったり、全部使うわけですよね。

寺本  そうですね。手でボールを触るように足で触れなければいけないので。日常生活でやる動作と変わりないように足でボールを扱えるようにするには、やはり基礎をきっちりする必要がありますね。

熱狂するセパタクローの試合

坂本  試合はどのくらいの間隔であるんですか?

寺本  リーグをやっている期間が2月から5月くらいの数か月で、毎週土曜日に試合があります。プロチームが10チームくらいあるので、総当たりで大体20試合くらい消化します。

坂本  週に1回試合をして、残りの6日は練習をしているんですね。
試合は夜やるんですか?

寺本  夕方5時くらいに始まります。

坂本  お客さんは結構入るんですか?

寺本  試合会場はバドミントンコートひとつの体育館ですから、入っても何百人という数だとは思うのですが、人でギュウギュウになりますよ。熱気もすごいですし、観客もすごく騒ぎますし、ちょっと異様な空気になります。酔っぱらいや、犬が乱入してきたり。(笑)

坂本  優勝したら賞金は出るものなんですか?

寺本  出ます。まず、基本給がタイの平均的な月収くらいの額です。タイの物価なので、僕の場合は飛行機代で全部飛んでしまいます・・・。あとは、この試合に勝ったらボーナスをあげると言って、オーナーが選手にハッパを掛けることもありますから、イレギュラーに臨時収入というのもあります。

坂本  寺本さんは何年間向こうにいたんですか?

寺本  2004年から7年間ずっとやってきましたが、去年と今年は参加せずに国内にいました。
去年は震災がありましたし、年末に子供が生まれたこともあって2年連続で参加していません。

「郷に入れば郷に従え」~タイでの食生活

坂本雄次さんと寺本進選手

坂本  タイも主食は米ですよね。どんなものを食べているんですか?

寺本  チームメイトと屋台に食べに行くんですが、メニューが少ないので、週7回チャーハンを食べているようなものですね。暑い国なので、生ものはもちろんなくて、野菜も肉も全部油でしっかり炒められているため、後半はだんだん胃が疲れてくるんです。でも飽きようが何しようが、体を維持するため、動くためのエネルギーを入れる、と割り切って食べます。

坂本  そこでちゃんと食べてないとバテてしまいますものね。そうは言っても寺本さん自身は日本の食事で育っているから、何か工夫したことはあるんですか?

寺本  本当は日本食をたくさん持って行ったり、日本食があるようなところに出向いて行ったりすれば良いのかもしれないんですが、できるだけ現地の選手と同じものを食べて、同じところに泊まって、同じ生活をするということにこだわっていました。

坂本  なぜですか?

寺本  世界で最も強いリーグに入ったのですが、選手の中には、日本人どころか外国人は私一人しかいなかったんです。言ってみればすごく目立つ存在なんです。日本で初めて外国人力士が誕生した時のようなイメージでしょうか。外国人としてではなく、単純に一選手として技術的に判断されてレギュラーとして活躍したいという思いがありました。できるだけ目立つキャラでいたくなかったんです。

坂本  「郷に入れば郷に従え」で、やってきたということですね。うまく慣れましたか?

寺本  いや・・・、慣れてはいないですね。辛いものはやっぱり辛いですし、料理に虫が入っていることもありますし・・・。でも皆が食べていれば自分も黙って食べます。
最初の1,2年は、暑さや言葉、食べ物の辛さや匂いなど全てがストレスになるので、体をこわして何度か入院をしました。でも、これを食べたらこうなるぞというのがだんだん分かってきたり、暑さにも慣れ、言葉も話せるようになってくると、心にゆとりが生まれて病気にはならなくなってきました。

恋しかった日本の味

坂本  一番食べたかった日本食は?

寺本  白いご飯とお味噌汁、これだけで1週間過ごせると思います。
日本食ってすごく心が安らぐし、美味しいという事を、離れて改めて気づく事ができます。
子どものころは母が、今は妻が毎日しっかり作ってくれます。

坂本  不思議だよね、家で食べる飯って、365日食べても飽きないじゃない。

寺本  そうですね。改めて家でご飯が食べられるありがたみを感じます。

坂本  好き嫌いはなかったんですね。

寺本  はい。だからといって海外に行って全部が全部食べられたというわけではなかったですね。

坂本  タイにいる時、試合に勝つ体を維持するために、特に意識して摂っていた食べ物はありますか?

寺本  やはり水分。そして糖分を取っていましたね。日本ではそんなに取らないと思いますが、タイは暑いので、すごく汗が出るし疲労もたまっていくため、現地の人もすごく甘いものを食べるんです。飲み物ひとつをとっても、すごく甘い。水で薄めないと飲めないくらいです!
試合の2時間前には、クイッティオ(米麺の「フォー」のようなもの)を摂っていました。消化もいいですし、水分も摂れますしね。セパタクローはジャンプ競技なので、個人的に試合中はあまり胃に水分を入れないです。
クイッティオは、胃が疲れたときにもよく食べましたね。そして試合が終わったあとには、しっかり「お肉」を食べていました。
あとは、「豆乳」は普通の人に比べると多く摂取していると思います。海外でもそうでしたし、日本にいるときも冷蔵庫に常に入れておいて、のどがかわいたら、「水」よりも「豆乳」を飲んでいることが多いですね。それを15年くらい続けているので、そこが体にプラスになっている部分があるのかなと感じています。この10年、ベスト体重・体脂肪を維持できています。

坂本  なるほど、植物性タンパク質。良い栄養素だと思います。

パイオニアとして? 今後の目標は?

坂本雄次さんと寺本進選手

坂本  今後のビジョンを聞かせてください。

寺本  7年間プロとしてやってきましたが、プロと言ってもなかなか生活が大変なので、毎年「もう2度とタイには行かないぞ」と言って帰ってくるんです。でも半年くらいすると、「やっぱりセパタクローを日本で普及させるためには、自分自身のレベルを上げて現役生活を続けていかないといけない。そのためには、厳しいけれどもあの環境に飛び込まなきゃダメだ!」と思い直して、7年間過ごしてきました。
もう36歳ですし、球技系のスポーツではいい年だと思うんですけれども、まだ体は動くので、いけるところまでは選手として結果を残し続けたいと思っています。結果を出すことが、日本への普及を語るときに説得力になっていくと思うので、常に「世界を見据えた選手である」ということにこだわり続けていきたい。
同時に、日本への普及については自分にその役割があると思っているので、草の根的ではありますが、子ども達のセパタクロー教室の開催などもしていきたいと思っています。

坂本  この競技を浸透させていくことに対して、寺本さん自身が具体的に考えている方法はありますか?

寺本  昔は、オリンピックでメダルを取れば注目が集まると考えていましたが、セパタクローをオリンピック種目にするのは自分の努力だけでは何ともならないので・・・。やはりメディアで紹介されることは大切だと思います。
今は毎年世界選手権をやっていて、実は日本チームは毎年メダルを持って帰って来ているんです。結果だけでも新聞に載せてもらえればありがたいです。
そして、セパタクローに興味を持ってもらった時に、「実は日本は世界のトップクラスなんです」と言えるよう、結果を残し続けるということが僕らの仕事です。競技の面白さは伝わっても、やはり日本チームが強くなければ、なかなか始める動機にならないと思うんです。

坂本  私は寺本さんが「セパタクローに出会って、心が成長した」と仰っていた記事を拝見したことがあって、とても感動したんですよ。18歳でセパタクローに出会って、それから単身タイに行って、しかもプロのチームでやってきて、食も違うし、気候も違う、全部違うところでやってきたわけですよね。つまり競技で、他にそれを経験している日本人がいなくて、食べ物のこと、お金のことも含めて、生活ははっきり言って厳しい。しかし、それに打ちこんでやっていくことによって、物やお金ではない、自分自身の内なるものの中に成長を感じることができるというのが、今あまり聞かないことなんですよ。
そうやって頑張っている寺本さんの姿を子ども達が見たら、理屈はわからなくても、絶対に何かが伝わっていくと思うんです。

寺本  “スポーツの力”ですよね。スポーツを通じて、ひとつの目標に向かって努力することや、チームワークの大切さを学ぶだけでも、スポーツの醍醐味は感じられると思います。
昔と比べて子ども達の運動能力が低下したり、外で遊ぶ機会が減って来ている、協調性もだんだん低くなって、家にこもってゲームをしているという状況は気になります。人間の感覚を成長させたり、刺激を与えるのは、やはり自分の体を動かしてみるところから始まると思うので、スポーツに取り組んでみてもらいたいですね。

坂本  タイでは伝統的なスポーツですが、日本においてはジャンル的にはニュースポーツだと思います。寺本さんは18歳でセパタクローと出会って、せっかくここまで頑張って来られたわけですから、本当に日の当たる状況になってもらいたいと願っています。

寺本  競技を実際にやってみると、メジャースポーツでもマイナースポーツでも、そこに面白さや感動があることには、全く変わりはないし、遜色もないですよね。この競技の面白さや感動する部分をもっと知らせたい、たくさん広げたい、自分はその使命を持っていると思っています。
また、セパタクローに限らず、スポーツ全般にいえるのですが、スポーツがもつ「数字に出てこない奥深さ、素晴らしさ」を、世の中がきちんと受け止めていく仕組みが欲しいですね。その仕組みこそが、アスリート本人のみならず、スポーツ全般の推進をはかることにつながるのだと思います。

「運動」と「食」について

こばたてるみ

公認スポーツ栄養士 管理栄養士・健康運動指導士
株式会社しょくスポーツ代表 こばた てるみ

3年間の銀行勤務後、スポーツ栄養の世界へ。日本初の公認スポーツ栄養士16名のうちの1人。現在、栄養サポートを行っている「清水エスパルス」をはじめ、競泳オリンピックメダリストやプロ野球、箱根駅伝選手など数多くのサポートを手がける。また、ビジネスマンやOLの方向けのヘルシー&ビューティーレシピの提案や、10日で3万食完売したスポーツ弁当をはじめ様々な商品開発、料理番組出演など幅広い活動を行っている。地域食材を使った料理と共にお酒を楽しむため、テニス、ゴルフ、ランニングで汗を流している。

異なる食環境を乗り越えて掴んだセパタクローのプロ

 セパタクローの本場、タイでプロ選手として活躍していた寺本さんは、同じように手以外の部分を使ってボールを扱うサッカー競技からの転向組。セパタクローはサッカー同様、瞬発力や持久力も必要としますが、宙返りをした状態でのキックや難しい体位でボールを扱うことも頻繁にあるため、ジャンプ力や柔軟性も求められる競技です。ジャンプ力は、瞬発力同様しっかりした筋肉が必要となるので、筋肉の主材料であるたんぱく質(肉・魚・卵・豆類・乳製品)とその代謝に不可欠なビタミンB6(レバー・・まぐろ・かつお・鮭・さつまいも・パプリカなど)をとることがポイントです。一方、柔軟性はストレッチを丁寧に行うことが大切。ウォーミングアップやクーリングダウンを疎かにしてはケガを招くリスクが高まってしまいます。
 広島の実家暮らしの頃には料理熱心だったお母様のお陰で、好き嫌いもなく何でも食べていたという寺本さんですが、生活環境が大きく異なる海外生活では、食事面でかなり苦労をしたそうです。しかし、腹痛などの経験もしながら自分の食べられる料理の辛さや許容範囲を把握し、食環境の壁を乗り越えて、セパタクローの本場で見事プロ選手になったのです。小さな頃からの食習慣を変えるのはとても大変なことなので、非常に努力をされたことでしょう。

フォー風うどん

セパタクローの本場、タイでは灼熱の太陽が降り注ぐ時間を避け、早朝や夜トレーニングが行われていますが、平均最低気温は約25℃。平均最高気温に至っては30℃をゆうに超え35℃まで上昇する月もあります。そのような環境の中、ハードなトレーニングを行うセパタクローの選手にオススメのレシピは、汁気があり、糖質とたんぱく質が一緒にとれる料理です。汁気の多い料理は食べやすい上、汗で失われた水分補給にも役立ちますし、麺やお肉、魚が入っていることで運動中のエネルギー源の回復と傷ついた筋肉の修復が同時におこなえるからです。また、寺本さんのように、強すぎる香辛料は苦手とおっしゃる方もいらっ しゃいますが、一般的には暑さで食欲が減退しがちな地域では辛味や酸味、濃厚な味つけが適度にあった方が箸が進み易いといえます。自分好みの味付けで汁気と糖質・たんぱく質が一度にとれるレシピをお楽しみください。

<フォー風うどん>

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坂本雄次プロフィール

坂本雄次さん

1947年神奈川県生まれ。
自身のダイエットのため始めたランニングをきっかけに、当時在籍していた東京電力で陸上部の監督を15年務め、素人の中からフルマラソンを2時間30分で走るランナーを数多く育成する。
1993年にマラソンの各種大会を企画運営する会社「株式会社ランナーズ・ウエルネス」を設立。
日本テレビ 24時間テレビ の「24時間マラソン」、「湘南国際マラソン」などの立ち上げに尽力。間寛平さんのアースマラソンのアドバイザーとしても完走をサポート。

AIMS公認距離測定員
国際スパルタスロン協会日本支部代表
一般社団法人日本ウルトラランナーズ協会(JUA)理事

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