坂本雄次の訪問!スポーツ人 vol.5 エリック ワイナイナさん

少年時代を過ごしたケニアでの思い出

カバやワニも遊び友達?~少年時代を振り返る

坂本雄次さんとワイナイナさん

坂本雄次 (以下坂本)  故郷ケニアでの子どもの頃のお話を教えてください。日本では子どもはゲームや遊園地で遊ぶくらいで、土の校庭で遊ぶなんていうことはほとんどないですね。私の小さい頃は周りには田んぼがたくさんあったり、川の土手で草を摘んだり虫をとったりして遊んでいました。

エリック ワイナイナ(以下ワイナイナ)  私が生まれたところはとても田舎でした。小さい頃はナイロビ(ケニアの首都)にも出かけたことはなかったです。近所の友だちと川や池で泳いだりしていました。そこにはワニやカバも泳いでいるんですよ。

坂本  へぇぇ!

ワイナイナ  川の中の流れの状態を見て、泳いでも大丈夫というのはわかっていましたね。怖い目にあったことはなかったです。
ワニやカバも怖いなとは思うんですが、いて当たり前と感じていました。でも今はそこで泳ぐのは無理ですね(笑)

坂本  カバって相当でかいのもいるんでしょう。

ワイナイナ  でかいですね。朝と夜は水から上がっていることが多いから危険ですね。昼間、太陽が出ている時はカバは水の中だから、近くまで行ってカバで遊んだりしましたね。

坂本  いたずらしたんだ。カバが追いかけてくることもあるの?

ワイナイナ  カバが暴れて水から出てくると逃げるんです。
逃げ方があるんです。追いかけられたら100mくらいまっすぐ走って、いきなりカーブすると、カバは曲がれないからまっすぐ行っちゃう。

坂本  自然相手の遊びですね。

ワイナイナ  私の住んでいたところは、電気が通っていなかったんです。ランプでした。電気がないからゲームやろうと思わない。太陽が沈んだら「早く家に帰らなきゃ」と思っていました。

坂本  夜になったら危険でしょう。

ワイナイナ  そう、だから外を歩かないです。

坂本  高原のサバンナ地帯だと思うのですが、普段生活しているところは標高はどのくらいあったの。

ワイナイナ  2700~2800mくらいですね。

坂本  うわぁそんなに高かったんだ!日本だと富士山の6合目か7合目近い標高だから、当然空気は薄いでしょうねぇ。

ワイナイナ  薄いです。山の上は平坦なんです。日本で言うと菅平高原のような場所です。

坂本  標高が高いから、寒暖の差が激しいでしょうね。
アフリカだと日常はいつも温かいという印象で、裸だったり、皮膚を露出して生活していると思っているけれど、寒くなった時はケープのようなものを体に巻きつけるんですか。

ワイナイナ  そうですね。太陽が出ているときは温かいですが、夜は寒いから、朝と夜はダウンが必要ですね。

坂本  一年通じて同じような気候なの?

ワイナイナ  7、8月は一年で一番寒くなります。南半球ですから。

坂本  ケニアの食事ってどういうものがあるんですか?

ワイナイナ  ケニアは以前イギリス領でした。その影響でジャガイモやキャベツを作ったりして食べていますね。黄色くなる前の青いバナナも食べます。焼いたらジャガイモみたいになりますよ。それから豆やトウモロコシですね。黄色いのではなく白いトウモロコシで、粉にしてお湯と混ぜて、”ウガリ“という料理にします。パンやケーキのようになるんですが、味はないので野菜やシチューと一緒に食べるんです。

坂本  日本に来てずいぶん経ちますが、ケニアの食材って日本にはないでしょう。

ワイナイナ  日本にはないですね。時々ケニアに帰った時にこちらに持ってくることはあります。それで食べたい時に自分で作っています。

ランニングを始めたきっかけ

坂本雄次さん

坂本  ところで「ランニングは自分が得意だなぁ、もう少し本格的にやってみようかなぁ」と思ったきっかけはありますか。

ワイナイナ  最初は小中学校時代の8年間、通学で片道10キロくらい走ったり歩いたりしていました。でも実は走ることはあまり好きじゃなかったんです(笑)学校ではサッカーをやっていました。高校に入ってからは寮生活で、理由がないと学校からは出られない。サッカーだけでなく、陸上部に入ればランニングの時に長く学校から出られるなぁと思ったんです。

坂本  それが理由なんだ!(笑)

ワイナイナ  陸上部だと12キロくらい走るから、1時間から2時間は学校の外に出ることができ、気分転換になるんです。

坂本  サッカーと陸上を両方やっていて、陸上一本になっていくきっかけは何だったのですか。

ワイナイナ  陸上の大会に出ると、優勝できて、サッカーより陸上の方が楽しくなってきたんです。でも周りからは「速いね」と言われたけれど、速いと思っていなくて、マラソンのこともよく知らなくて、まだサッカーの方が詳しかったんです。

坂本  当時はマラソンのレースってケニアであったの?

ワイナイナ  最近は増えているけれど、当時は日本ほどではないですね。

坂本  競技会でも優勝するようになって「エリックっていう若くて強い選手がいるぞ」という話になっていったんでしょうね。

ワイナイナ  そうですね。当時は走ってみたことのある距離は10キロと15キロの大会で、優勝したことがあるのは10000mや、クロスカントリーの大会でしたね。それでどんどん有名になってきて、自分でも調子に乗って(笑)マラソンに挑戦するのもいいなぁと思うようになりました。いつか42.195キロ、とても長い距離ですが、走ってみたいなぁと思いました。

来日後の日常

日本の生活を楽しむ

ワイナイナさん

坂本  その後、チャンスがあって20歳の時に日本に来て、実業団のコニカに入って競技生活を始めましたね。

ワイナイナ  いろんな高校の大会で優勝していたら、ナイロビにいた日本人に声をかけられたんです。「行きたい」と言ったらコニカを紹介され、高校を卒業してすぐ来ました。

坂本  それまで日本のことは知らなかったの?

ワイナイナ  ケニアでは先生の時計や学校のラジオがメイドインジャパンで、日本はすごい国だなと思っていました。でも調べても日本人はどういう人でどういう生活しているか出てこなくて「日本はサムライの国だ」という印象しかなかった。

坂本  やっぱりそういう印象なんだ(笑)でもサムライ一人もいないよね。

ワイナイナ  空港着いた瞬間にびっくりしました。空港は大きいし、みんな着物かなと思っていたけれど、着ていないし。カルチャーショックでした。
八王子に移動して寮に入ったら、みんな若いから、明るくてフレンドリーで、頑張って英語しゃべってくれたし、私もみんなと話がしたいと思いました。
それから走っていても、ケニアは動物がいて危険なところもある(笑)ライオンがいて邪魔されたりね(笑)日本では寮の近くに多摩川のサイクリングコースがあって、楽しくて40キロ以上走ったと思います。こんなところがあるんだって、日本がどんどん好きになっちゃいました。「ケニアよりいいなぁ」と思いましたね。

坂本  その時外国人はエリックだけ?

ワイナイナ  私だけでした。みんな優しくて「買い物行こう」「何してるの?」と声をかけてくれました。部屋のドアが閉まっていると、みんなインターホンを鳴らしてうるさいくらい(笑)それからはドアを閉めないでそのまま寝ていたりしていました。

日本食大好き

坂本  日本食が大好きだそうですが、特にこれが好きというのはありますか?

ワイナイナ  何でも好きです。日本人よりも食べられるものが多いかもしれない。初めて来たときは生モノが食べられませんでした。それまで食べたことがなかったですからね。今は刺身も大丈夫。日本に来た時は若かったので、子どものように何にでも興味を持ちましたね。「これ食べてみる?」と聞かれて食べるものを交換してみたり、周りの人が食べているのを見てチャレンジしてみました。「これは嫌い」というのは特になかったです。

坂本  文化も食生活も違う日本で、エリックが生活するためには大事なことだよね。
そういう習慣を自由に受け入れられなかったら、食べられるものだけしか食べなくなって、食事が偏ってしまうから、栄養管理もできないということになります。何でも食べられたというのはよかったですね。

ワイナイナ  よかったです。例えば海外の大会に行って、いつも自分が食べているものがなく、気持ちが崩れてしまうと、うまく走れなかったりします。だから、行った国で、例えばこれは嫌いだから食べられないということではなく、気持ちを切り替えてそこにあるものを受け入れればいいんです。

坂本  何でも食べられるというのは強みですね。 レース前に意識的に食べていたものはあったの。

ワイナイナ  パスタや白いご飯が出てくるとありがたかったです。

坂本  炭水化物を摂ると運動するときのエネルギーになりますからね。

ワイナイナ  食べると力が出てくるなと思っていました。マラソンの1週間前からカーボローディングで毎日パスタも食べていましたよ。日本のパスタはおいしいから。ナポリタンやカルボナーラ、でもミートソースがいちばんおいしいですね。

坂本  競技者として練習すると疲れがたまるでしょう。疲労回復のために何か食べているものはありましたか。

ワイナイナ  きつい練習をして、疲れをとりたい時はお肉でした。チキンやビーフや豚、なんでも食べます。

鍼やお灸にもチャレンジ

ワイナイナさん

坂本  現役中は大きな故障というのはなかったの?

ワイナイナ  怪我はしていました。練習のし過ぎだったり、ケニアにいた頃は芝生や山の中などの柔らかいところを走っていて、日本に来たばかりの時はアスファルトの道に慣れていなかったので苦手でした。
でも痛いけれど、若かったし、我慢して軽く走りながら治してしまいました。

坂本  日本人の選手の場合は故障してどこか痛めても、練習をゼロにするのではなくて、練習しながら直していくというやり方をするんですよ。それと同じようなものですね。

ワイナイナ  あまりにも痛いとジムに行って自転車をこいだり、水泳をしたりしました。

坂本  プールにカバはいないよね(笑)

ワイナイナ  日本に来て初めてプールで泳ぎました(笑)

坂本  それから日本では、鍼やお灸やマッサージというケアもありますが、アフリカでは未経験だったでしょう。欧米では鍼やお灸はなじみがなくて嫌がりますね。でも初めてやってもらって気持ちよかったり、治ってきているということがわかって自覚しますね。コニカの仲間も鍼やお灸はやっていたでしょう。

ワイナイナ  先輩がマッサージの部屋で鍼を刺されているのを見て、ちょっと怖いなと思いました。ある時故障して「鍼をしてみたら」と言われてチャレンジしてみました。今は鍼もお灸も大丈夫です。

坂本  お灸は火をつけるとそこに血が集まって痛みを取るなどの効果を生むし、鍼は筋肉の繊維が壊れると、治そうと思ってそこに白血球が集まって、血行を促進して回復につながるんですよ。最初はそういうことがわからないだろうけれど、実際にいいと思ったのは、やってみたら痛かったところがだんだん回復してきたり、筋肉の疲労が取れるというのを自覚したからでしょう? 

ワイナイナ  最初はわけわからなかった。若かったから「マッサージだけでいい」と思っていました。

オリンピックでの活躍

ワイナイナさん

坂本  アトランタオリンピックに出場での出場は21歳の時ですが、そこで銅メダルを獲得しましたね。あのコースは他のオリンピックのコースと比べて1番か2番くらいきついですよね。アップダウンの連続でしょう。

ワイナイナ  それからあんな暑い時に走ったことがなかったので、辛い大会でしたね。
でもアトランタではオリンピック選手になれると思わなかったのでうれしかったです。2時間10分台でしか走ったことなくて、自分のタイムにも満足できていなかったですしね。自分では「オリンピックってどういう大会かな」と経験すればよいと思っていて、メダルを獲ることよりも、ちょっと観光に行こうという気持ちでした(笑)アトランタでは他の競技の方が興味がありましたね。

坂本  アトランタの時の短距離のスターって…

ワイナイナ  カール・ルイスでした。
カール・ルイスの走り幅跳びの競技を見ていたら、たまたま自分がテレビに写ったんですよ(笑)ホテルで待っていた監督がそれを知って「もう行っちゃだめ!」と言われて我慢しました。(笑)本当に気持ちはリラックスしていましたね。

坂本  マラソンは最終日ですよね。朝のスタートの時は早く起きるんでしょう。

ワイナイナ  アトランタの時は深夜の1時に起きて、朝ご飯は2時くらいに食べていました。泊まっているところはスタート地点から離れていたから、渋滞に巻き込まれないように車で早めに出て、競技場には6時前に着くようにしていました。

坂本  競技の前は、胃に負担にならないようなものを摂るんでしょう。

ワイナイナ  日本から持っていったスポーツゼリーを摂りました。あとはバナナやカロリーメイトのようなものですね。

坂本  レース中のどこで3位になれるなと思いましたか。

ワイナイナ  最初はスタートしてゴールしたいだけでした。でも走っている途中で他の選手がもっと早いかと思ったらそうでもなかったので「これは行けるかも」と走ったら3位になりました。

坂本  その後2000年のシドニーで銀メダルを獲得、2004年のアテネ五輪では7位と、3回とも入賞していますね。ケニアの選手で、3大会連続で入賞している人はいるんですか?

ワイナイナ  いないです。

坂本  それはたいしたものですねぇ。1996年から2004年までの8年間は、オリンピックの代表選手としての力を発揮したということですね。

ロンドンオリンピックについて

坂本雄次さん

坂本  今年はオリンピックイヤーですね。

ワイナイナ  マラソンは、2時間3分台の選手が出場するから楽しみです。

坂本  今、ケニアの中で長距離の選手を育てるという環境は、エリックが日本に来た時よりも変わっていますか?

ワイナイナ  変わってきているし、海外で練習をする選手もいますね。テレビでレースも見られるようになって、マラソンを走りたいと思う子どもも増えてきていますね。

坂本  アフリカの選手は身体能力が高い選手がいますから、あとは目的や環境が整えばいいですね。この間、記録は公認されなかったけれど、ボストンで2時間3分台で走ったケニアの選手が2人いましたね。ケニアにはそういう選手はまだいますか?

ワイナイナ  いっぱいいます。

坂本  2時間台くらいまで行っちゃうかな。

ワイナイナ  行くかもしれないですね。

坂本  100mで1秒縮まるのはものすごく時間がかかっているんですよ。フルマラソンは短い期間でどんどん記録が早くなっていますよね。 今年はロンドン五輪に日本から藤原新選手、山本亮選手、中本健太郎選手の3人が出ますが、エリックから何かアドバイスをするとすればどんなことですか。

ワイナイナ  開催場所がヨーロッパなので、暑さについては日本よりはロンドンの方が涼しいと思う。寒いくらいだとスピードが速いかもしれない。ただ、道路が日本のアスファルトと違い、石畳で走りにくいと思うので、使う靴を考えたほうがいいと思います。

坂本  日本のマラソンを含む長距離の選手は、以前は世界と互角に戦っていましたが、最近は記録が伸びていないんです。そういったことに対してエリックが何か感じていることはありますか。

ワイナイナ  1kmが3分10秒くらいのペースだったらついて行けるんです。でも2分50とか55秒のペースだとスピードの力がないからついて行けないですよね。

坂本  レースの展開を考えると、2分台で走るアフリカの選手がいて先に行きますよね。日本の選手は1kmを3分前後で刻んでいくとレースの中間や30キロくらいのところで離れちゃう。それでアフリカ勢が1km、2分台を3分台の前半までに落としても追いつく前にゴールされて、ばてちゃう。その悪循環がずーっと続いているんだよね。

ワイナイナ  タイミングですよね。その日の体調でついていけるかどうかでメダルは獲れますよ。

坂本  暑い季節のレース、途中でバテないための給水の摂りかたなどアドバイスがありますか?
ワイナイナスポーツドリンクや炭酸飲料をうまく活用することですね。今は、いろんな種類の飲み物が出ていますので。自分に合ったものを選んでいくとよいと思います。

走ることで人々を励ます

ワイナイナさん

坂本  コニカを退職されて、今は日本全国で市民ランナーとの交流や子どもたちへの走りの指導をしているそうですが、最近は「いわて銀河マラソン」で、大会の応援や、地元の小学生と走るなど、昨年の大震災のあとは被災地のチャリティに協力していますね。
具体的にはどんなことをしたんですか。

ワイナイナ  現地に行って、チームニューバランスのメンバーで駅伝を走りました。
そのあとチームニューバランスで、去年も訪れていた地震の被害を受けた土地へ行きました。現地の小学校の子どもたちとは去年も会っているんです。「みんな頑張ってね、来年も来ますよ」と約束して、今年も顔を出したら、子どもたちはみんな待っていて、喜んでくれましたよ。

坂本  岩手で交流している子どもたちは地震や津波の経験をしているの?

ワイナイナ  そうなんです、去年は運動もできない状態だったので、山道で「みんなで走りましょう」といって走ったら、子どもが笑顔で楽しんでくれました。

坂本 行ったら子どもたちは喜んでいたでしょう。あんまり外国の人と接する機会もないだろうし。子どもたちは元気でしたか?

ワイナイナ  とても元気でした。子どもたちは11人くらいのチームで、みんなはリレーしながら1周ずつ、私は全部一人で走る競争もしました。子どもたちは、私に負けないように一生懸命走っていました。
終わってから子どもたちがメッセージを書いてくれたんですが、それを読むと心から楽しんでくれたんだなぁとわかりました。

坂本  日本はここ5、6年の間に市民ランナーがものすごく増えてきて、半端じゃないくらいあっちこっちでたくさん大会が開かれるようになって、エリックもゲストとしていろんな大会に参加していると思います。年に何回くらい大会には参加するんですか?

ワイナイナ  数えたことはないですが、忙しい時は毎週大会が入ることがありますね。そして私は後ろから「みんながんばろうね」と応援しながら一緒に走っています。

ウルトラマラソンで世界記録を出したい!

ワイナイナさん

坂本  北海道のサロマ湖でウルトラマラソンがあって参加しましたね。今回で3回目ですか?

ワイナイナ  そうです。

坂本  距離は100キロですね。長いよね。

ワイナイナ  ウルトラマラソンにはチャレンジしているけれど、まだ慣れていないし難しいと感じています。ウルトラマラソンはゆっくり長く走りますが、どうしても普通のマラソンのように速く走りたくなって、それで疲れてしまいます。まだ慣れていないので勉強中です。
フルマラソンの時は応援団がいて「エリックがんばって」といわれると調子に乗ってテンションが上がるんです(笑)100キロは誰もいない、声もかけてくれる人もいないし「何やってるんだろう…」という気持ちになりますね。

坂本  サロマ湖のウルトラマラソンはあんまり人がいないからめげちゃうよね。

ワイナイナ  そうなんです。

坂本  アフリカの人で、フルマラソンで2時間3分台で走っている人がいますよね。でもウルトラマラソンはスピードではないんですよね。つまりスピードで行ける限界の距離はフルマラソンだと思うんですよ。
100キロマラソンの世界記録は6時間13分で日本人が作ったんです。他の外国の選手は、100キロマラソンの世界記録を意識していないかもしれないけれども、エリックは日本で練習をしてきたし、まだ38歳、フルマラソンでは3回もオリンピックに出て、メダルまで獲得して結果を出している。次にチャレンジするとしたらウルトラマラソンの世界記録じゃないですか。フルマラソンを2時間35分~40分くらいのペースで2回半走れば記録は破れますよ。いつかやってほしいなあと思っていますよ。

ワイナイナ  私もその記録は狙っています。 普通のマラソンの距離は自信があるんですが、それを越えるとガクンと落ちちゃうんですよね。ぜひ練習方法を教えて下さい(笑)

坂本  何でも聞いてください。

ケニアと日本の子どもたちの交流を深めたい

坂本雄次さんとワイナイナさん

坂本  日本に19歳で来て、今いくつになったの?

ワイナイナ  38歳です。

坂本  あと1年で20年、ケニアにいる期間より長くなったね。まだ38歳だから、先は長いし、結婚もしなきゃいけないでしょう。

ワイナイナ  そうですね、考えないといけない(笑)

坂本  日本に永住しようという気持ちもあるの?

ワイナイナ  あります。日本が大好きだから。

坂本  国内での活動でこれから何かやってみたいことはありますか。

ワイナイナ  いつか子供を教えて、私みたいにオリンピックに行って欲しいなと思っています。国は関係なく、日本とケニアの子どもが一緒に練習して、仲良くなってほしい。日本人の子どもにもケニアに来てもらってケニアのことを知ってほしいと思います。

坂本  ランニングは一つのきっかけで、環境や人種の違うケニアと日本の子どもの交流で新しいものが生まれてくるかもしれないですね。カバもいるしね(笑)
長距離走を通じて、オリンピックで立派な成績も残しているし、エリックの人柄だったら好かれると思うんですよ。日本では市民ランナーも増えているし、大会ももっと増えるでしょう。これからも日本で生活をするのであれば、エリックのランニングに対しての気持ち、走ることの素晴らしさを、沖縄から北海道まで、今まで以上にいろんなところに行ってもらって、伝えてほしいなと思いますね。

「運動」と「食」について

こばたてるみ

公認スポーツ栄養士 管理栄養士・健康運動指導士
株式会社しょくスポーツ代表 こばた てるみ

3年間の銀行勤務後、スポーツ栄養の世界へ。日本初の公認スポーツ栄養士16名のうちの1人。現在、栄養サポートを行っている「清水エスパルス」をはじめ、競泳オリンピックメダリストやプロ野球、箱根駅伝選手など数多くのサポートを手がける。また、ビジネスマンやOLの方向けのヘルシー&ビューティーレシピの提案や、10日で3万食完売したスポーツ弁当をはじめ様々な商品開発、料理番組出演など幅広い活動を行っている。地域食材を使った料理と共にお酒を楽しむため、テニス、ゴルフ、ランニングで汗を流している。

エリートランナーの礎は「食」への好奇心

 アトランタ、シドニー、アテネと3回もオリンピックに出場し、銀メダル、銅メダルをも獲得しているエリートランナーのエリック・ワイナイナ選手。現在もサロマ湖100kmマラソンや全国各地で開催されるマラソン大会に出場され、ランニングの楽しさを多くの方に広めてくださっています。
 ワイナイナ選手が生まれ育ったケニアでよく食べていたものは、ジャガイモやキャベツ、黄色くなる前の青みがかったバナナ、豆、トウモロコシだったといいます。ジャガイモ、バナナ、トウモロコシは、日本人が主食として食べているご飯やパスタ、パンが分類される「穀類」には属しませんが、それらと同様に糖質(炭水化物)を豊富に含んでいます。つまり、ケニア時代のワイナイナ選手は、ジャガイモやバナナ、トウモロコシから運動中のエネルギー源を確保していたのでしょう。
 一方、日本にきてからのワイナイナ選手のカラダ作りや競技力向上の土台になったのは、所属チームの栄養士さんが考えたバランスのよいアスリートメニュー。時には、お刺身などの生モノや納豆がでて戸惑ったこともあったそうですが、少しずつチャレンジ(試食)していくうちに何でも食べられるようになったそうです。ワイナイナ選手の強さの秘密は、何事にも好奇心を持ち、チャレンジしていく姿勢だと感じました。
 ワイナイナ選手のような長距離・マラソン選手にとって重要な栄養素は、運動中の主なエネルギー源である糖質(炭水化物)と、それをエネルギーに変換する際に不可欠なビタミンB1、酸素を全身に運ぶヘモグロビンの材料となる鉄とたんぱく質、鉄の吸収率を高めるビタミンCです。中でもフルマラソンやウルトラマラソンの場合には、筋肉中のグリコーゲンをレース前に十分に蓄えておくことが大切なため、レース数日前から糖質を豊富に含むご飯やパスタ、パン、カボチャやイモ類などを積極的に食べるカーボローディング(グリコーゲンローディング)を行う選手がよくみられます。ワイナイナ選手もナポリタンやミートソースなどのパスタやご飯をしっかり食べてレースに備えていたのが、結果にむすびついていたのでしょう。
 最近は市民ランナーの方が非常に増えましたが、ぜひパスタやご飯、パンなどからエネルギー源を確保した状態でトレーニングに励み、レースに臨んで頂きたいと思います。もちろん水分補給も忘れずに!

あさりとグリーンピースのポタージュパスタ

長時間走り続けるマラソン選手は、何度も地面に足底を打ちつけます。その際の衝撃により赤血球が壊され溶血したり、大量の汗によって鉄が損失することなどにより、貧血のリスクが高まります。そのため、運動中の主なエネルギー源である糖質や糖代謝に不可欠なビタミンB1と共に、ヘモグロビンの材料となる鉄とたんぱく質、鉄の吸収率を高めるビタミンCを一緒にとることが大切です。鉄はあさりやひじき、赤身肉、レバー、かつお、ほうれん草などに豊富に含まれていますので、料理にとりいれるとよいでしょう。

<あさりとグリーンピースのポタージュパスタ>

坂本雄次プロフィール

坂本雄次さん

1947年神奈川県生まれ。
自身のダイエットのため始めたランニングをきっかけに、当時在籍していた東京電力で陸上部の監督を15年務め、素人の中からフルマラソンを2時間30分で走るランナーを数多く育成する。
1993年にマラソンの各種大会を企画運営する会社「株式会社ランナーズ・ウエルネス」を設立。
日本テレビ 24時間テレビ の「24時間マラソン」、「湘南国際マラソン」などの立ち上げに尽力。間寛平さんのアースマラソンのアドバイザーとしても完走をサポート。

AIMS公認距離測定員
国際スパルタスロン協会日本支部代表
一般社団法人日本ウルトラランナーズ協会(JUA)理事

バックナンバー

もっと見る

TOPへ戻る